【事件】姉妹車内放置死事件の考察

【事件】姉妹車内放置死事件の考察

Mossphloxです。

高松市で目を覆いたくなる事件が発生しました。

(参照:https://www.sankei.com/smp/affairs/news/200904/afr2009040020-s1.html)

この事件についての一考察を述べます。

母親はクーラーをつけたから大丈夫だと思ったと供述したそうですが、本当にクーラーが効いていれば大丈夫だったのでしょうか。

もしもクーラーがずっと効いていたとしても、15時間40分もの間車の中に放置されるのは拷問です。

頭の中はどうなっているのか、割って中を見てみたいものです。

人間を生物と認識することができていません。

熱くて密閉された場所に閉じ込めたら熱中症になって死ぬとか、食べ物が無い家に数日置き去りにしたら餓死するとか、そういう当たり前の生物としての法則を認識していない人は、確かに一定数いるものです。

この事件は、そういう人が親になってしまったことによる惨劇といえるでしょう。

ご多分に漏れず、飲食店にも警察にも目撃者にも虚偽の説明、後で全てばれる最悪の展開です。

この行動様式は他の悪質事件でも見られます。もはや既視感があるといっても過言ではありません。せめて取り調べには率直に答えて欲しいものです。

ほとんど身体を動かせない車の中で10時間以上かけて蒸し殺しにされるのは、どう考えても刃物で一突きに殺害されるよりもはるかに苦痛です。

しかし罪名は重過失致死、または保護責任者遺棄致死にる可能性が高く、殺人罪よりもはるかに軽い量刑になってしまいます。

この被害者の苦痛の大きさに反比例して加害者の量刑が軽くなる現象は、明らかに社会正義に反しています。やはりこればかりは何とか是正しなければなりません。

この事件は氷山の一角です。

この母親と同文同種の母親、父親が百鬼夜行しているのがこの世界の現実です。

自動車が普及して数十年、いつまで経っても子供の放置死事件が後を絶ちません。

善い親、真っ当な親がほとんどなのであれば、この種の事件は起こりません。

同種事件が後を絶たない現実が、この母親と同じ類の親がそこらじゅう、一見普通の親であるごとく擬態して、私たちの周りにも存在していることを示しています。

真っ当な思考回路を持った人間は、伝聞や報道で見聞きしたことを、自分の身の周りの現象に当てはめることができます。

例えばパチンコの駐車場の車に自分の子供を閉じ込めて子供を死亡させた事件をニュースで知り、「ということは自分も子供を車に置いたままどこかへ行ったら子供が死ぬな」と考えることができるのです。

ところが真っ当でない思考回路を持つ人間は、同じニュースを聞いてその事象を認識しても、それを自分に当てはめることができません。

彼らも、「ああ子供を車に置いたままパチンコに行ったら子供が死んだんだな」と理解することはできます。

また、そのようなニュースを見聞きした時には「かわいそうだ」と感想を言うことを、習慣として身に付けています。

なので外形上、まともな人間と変わりないように見えます。そうやってまともな人間に擬態しています。

しかしその本質は真っ当な人間とは違っています。

彼らは、そのニュースを聞いた次の日には自分の子供を車に放置しうるのです。

見聞きしたことを認識はできるが、それは遠い外界のことであり同じ法則は自分には適用されないと思っています。なぜか自分は常に「適用対象外」だと思っているのです。

それが真っ当な人間と、そうでない人間との決定的な違いです。

まともな神経を持った人というのは実は私たちが想定しているよりもはるかに少ないのかもしれません。

この事件をニュースで見聞きして「かわいそうだ」「信じられない」と感想を述べ、数ヶ月後あるいは数年後には全く同じ手法で自分の子供を蒸し殺しにする。そういう人間が確かに一定数存在するのです。

なぜならこの母親もこの事件を起こすまでは、同種のニュースを見て「かわいそうね」などと言っていただろうからです。

過去の同種事件を起こした親たちもまた

さらに過去の類似事件のニュースを見て「かわいそうだな」と感想を述べていただろうからです。

これ以上子供が死なないために、真っ当な人が親になって欲しいと切に願います。

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